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がん

雁

森 鴎外

壱、弐、参「スバル 第三年九号」1911(明治44)年9月、肆、伍「スバル 第三年十号」1911(明治44)年10月、陸、漆「スバル 第三年十一号」1911(明治44)年11月、捌、玖「スバル 第三年十二号」1911(明治44)年12月、拾、拾壱「スバル 第四年二号」1912(明治45)年2月、拾弐「スバル 第四年三号」1912(明治45)年3月、拾参、拾肆「スバル 第四年四号」1912(明治45)年4月、拾伍、拾陸「スバル 第四年六号」1912(明治45)年6月、拾漆、拾捌「スバル 第四年七号」1912(明治45)年7月、拾玖「スバル 第四年九号」1912(大正1)年9月、弐拾「スバル 第五年三号」1913(大正2)年3月、弐拾壱「スバル 第五年五号」1913(大正2)年5月、弐拾弐、弐拾参、弐拾肆「雁」籾山書店1915(大正4)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 73,950 字 · 147 页

青空文庫

岡田は腕木に搦んでいた手を放して飛び降りた。女達はこの時まで一同息を屏めて見ていたが、二三人はここまで見て裁縫の師匠の家に這入った。「あの籠を卸して蛇の首を取らなくては」と云って、岡田は女主人の顔を見た。しかし蛇の半身がぶらりと下がって、切口から黒ずんだ血がぽたぽた窓板の上に垂れているので、主人も女中も内に這入って吊るしてある麻糸をはずす勇気がなかった。

その時「籠を卸して上げましょうか」と、とんきょうな声で云ったものがある。集まっている一同の目はその声の方に向いた。声の主は酒屋の小僧であった。岡田が蛇退治をしている間、寂しい日曜日の午後に無縁坂を通るものはなかったが、この小僧がひとり通り掛って、括縄で縛った徳利と通帳とをぶら下げたまま、蛇退治を見物していた。そのうち蛇の下半身が麦門冬の上に落ちたので小僧は徳利も帳面も棄てて置いて、すぐに小石を拾って蛇の創口を叩いて、叩く度にまだ死に切らない下半身が波を打つように動くのを眺めていたのである。

「そんなら小僧さん済みませんが」と女主人が頼んだ。小さい女中が格子戸から小僧を連れて内へ這入った。間もなく窓に現れた小僧は万年青の鉢の置いてある窓板の上に登って、一しょう懸命背伸びをして籠を吊るしてある麻糸を釘からはずした。