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がん

雁

森 鴎外

壱、弐、参「スバル 第三年九号」1911(明治44)年9月、肆、伍「スバル 第三年十号」1911(明治44)年10月、陸、漆「スバル 第三年十一号」1911(明治44)年11月、捌、玖「スバル 第三年十二号」1911(明治44)年12月、拾、拾壱「スバル 第四年二号」1912(明治45)年2月、拾弐「スバル 第四年三号」1912(明治45)年3月、拾参、拾肆「スバル 第四年四号」1912(明治45)年4月、拾伍、拾陸「スバル 第四年六号」1912(明治45)年6月、拾漆、拾捌「スバル 第四年七号」1912(明治45)年7月、拾玖「スバル 第四年九号」1912(大正1)年9月、弐拾「スバル 第五年三号」1913(大正2)年3月、弐拾壱「スバル 第五年五号」1913(大正2)年5月、弐拾弐、弐拾参、弐拾肆「雁」籾山書店1915(大正4)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 73,950 字 · 147 页

青空文庫

漆

それにはお玉を手に入れた上では、どうせ親父の身の上も棄てては置かれぬのだから、只後ですることが先になるに過ぎぬと云う諦めも手伝って、末造に決心させたのである。

そこで当前なら支度料幾らと云って、纏まった金を先方へ渡すのであるが、末造はそうはしない。身なりを立派にする道楽のある末造は、自分だけの為立物をさせる家があるので、そこへ事情を打ち明けて、似附かわしい二人の衣類を誂えた。只寸法だけを世話を頼んだ婆あさんの手でお玉さんに問わせたのである。気の毒な事には、この油断のない、吝な末造の処置を、お玉親子は大そう善意に解釈して、現金を手に渡されぬのを、自分達が尊敬せられているからだと思った。

漆

上野広小路は火事の少い所で、松源の焼けたことは記憶にないから、今もその座鋪があるかも知れない。どこか静かな、小さい一間をと誂えて置いたので、南向の玄関から上がって、真っ直に廊下を少し歩いてから、左へ這入る六畳の間に、末造は案内せられた。

印絆纏を着た男が、渋紙の大きな日覆を巻いている最中であった。

「どうも暮れてしまいますまでは夕日が入れますので」と、案内をした女中が説明をして置いて下がった。