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がん

雁

森 鴎外

壱、弐、参「スバル 第三年九号」1911(明治44)年9月、肆、伍「スバル 第三年十号」1911(明治44)年10月、陸、漆「スバル 第三年十一号」1911(明治44)年11月、捌、玖「スバル 第三年十二号」1911(明治44)年12月、拾、拾壱「スバル 第四年二号」1912(明治45)年2月、拾弐「スバル 第四年三号」1912(明治45)年3月、拾参、拾肆「スバル 第四年四号」1912(明治45)年4月、拾伍、拾陸「スバル 第四年六号」1912(明治45)年6月、拾漆、拾捌「スバル 第四年七号」1912(明治45)年7月、拾玖「スバル 第四年九号」1912(大正1)年9月、弐拾「スバル 第五年三号」1913(大正2)年3月、弐拾壱「スバル 第五年五号」1913(大正2)年5月、弐拾弐、弐拾参、弐拾肆「雁」籾山書店1915(大正4)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 73,950 字 · 147 页

青空文庫

真偽の分からぬ肉筆の浮世絵の軸物を掛けて、一輪挿に山梔の花を活けた床の間を背にして座を占めた末造は、鋭い目であたりを見廻した。

二階と違って、その頃からずっと後に、殺風景にも競馬の埒にせられて、それから再び滄桑を閲して、自転車の競走場になった、あの池の縁の往来から見込まれぬようにと、切角の不忍の池に向いた座敷の外は籠塀で囲んである。塀と家との間には、帯のように狭く長い地面があるきりなので、固より庭と云う程の物は作られない。末造の据わっている所からは、二三本寄せて植えた梧桐の、油雑巾で拭いたような幹が見えている。それから春日燈籠が一つ見える。その外には飛び飛びに立っている、小さい側栢があるばかりである。暫く照り続けて、広小路は往来の人の足許から、白い土烟が立つのに、この塀の内は打水をした苔が青々としている。

間もなく女中が蚊遣と茶を持って来て、注文を聞いた。末造は連れが来てからにしようと云って、女中を立たせて、ひとり烟草を呑んでいた。初め据わった時は少し熱いように思ったが、暫く立つと台所や便所の辺を通って、いろいろの物の香を、微かに帯びた風が、廊下の方から折々吹いて来て、傍に女中の置いて行った、よごれた団扇を手に取るには及ばぬ位であった。