轻松读懂日语经典作品
ja-reading.com
轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。
がん
雁
壱、弐、参「スバル 第三年九号」1911(明治44)年9月、肆、伍「スバル 第三年十号」1911(明治44)年10月、陸、漆「スバル 第三年十一号」1911(明治44)年11月、捌、玖「スバル 第三年十二号」1911(明治44)年12月、拾、拾壱「スバル 第四年二号」1912(明治45)年2月、拾弐「スバル 第四年三号」1912(明治45)年3月、拾参、拾肆「スバル 第四年四号」1912(明治45)年4月、拾伍、拾陸「スバル 第四年六号」1912(明治45)年6月、拾漆、拾捌「スバル 第四年七号」1912(明治45)年7月、拾玖「スバル 第四年九号」1912(大正1)年9月、弐拾「スバル 第五年三号」1913(大正2)年3月、弐拾壱「スバル 第五年五号」1913(大正2)年5月、弐拾弐、弐拾参、弐拾肆「雁」籾山書店1915(大正4)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 73,950 字 · 147 页
ういういしい詞遣や立居振舞が、ひどく気に入ったと見えて、金貸業の方で、あらゆる峻烈な性分を働かせている末造が、お玉に対しては、柔和な手段の限を尽して、毎晩のように無縁坂へ通って来て、お玉の機嫌を取っていた。ここにはちょっと歴史家の好く云う、英雄の半面と云ったような趣がある。
末造は一夜も泊って行かない。しかし毎晩のように来る。例の婆あさんが世話をして、梅と云う、十三になる小女を一人置いて、台所で子供の飯事のような真似をさせているだけなので、お玉は次第に話相手のない退屈を感じて、夕方になれば、早く檀那が来てくれれば好いと待つ心になって、それに気が附いて、自分で自分を笑うのである。鳥越にいた時も、お父っさんが商売に出た跡で、お玉は留守に独りで、内職をしていたが、もうこれだけ為上げれば幾らになる、そうしたらお父っさんが帰って驚くだろうと励んでいたので、近所の娘達と親しくしないお玉も、退屈だと思ったことはなかったのである。それが生活の上の苦労がなくなると同時に、始て退屈と云うことを知った。
それでもお玉の退屈は、夕方になると、檀那が来て慰めてくれるから、まだ好い。