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がん

雁

森 鴎外

壱、弐、参「スバル 第三年九号」1911(明治44)年9月、肆、伍「スバル 第三年十号」1911(明治44)年10月、陸、漆「スバル 第三年十一号」1911(明治44)年11月、捌、玖「スバル 第三年十二号」1911(明治44)年12月、拾、拾壱「スバル 第四年二号」1912(明治45)年2月、拾弐「スバル 第四年三号」1912(明治45)年3月、拾参、拾肆「スバル 第四年四号」1912(明治45)年4月、拾伍、拾陸「スバル 第四年六号」1912(明治45)年6月、拾漆、拾捌「スバル 第四年七号」1912(明治45)年7月、拾玖「スバル 第四年九号」1912(大正1)年9月、弐拾「スバル 第五年三号」1913(大正2)年3月、弐拾壱「スバル 第五年五号」1913(大正2)年5月、弐拾弐、弐拾参、弐拾肆「雁」籾山書店1915(大正4)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 73,950 字 · 147 页

青空文庫

「いいえ。不用心ですわ。またすぐ出掛けて来てよ。お父っさん。さようなら」

お玉が立ち上がるとたんに、女中が慌てて履物を直しに出た。気が利かぬようでも、女は女に遭遇して観察をせずには置かない。道で行き合っても、女は自己の競争者として外の女を見ると、或る哲学者は云った。汁椀の中へ親指を衝っ込む山出しの女でも、美しいお玉を気にして、立聴をしていたものと見える。

「じゃあ又来るが好い。檀那に宜しく言ってくれ」爺いさんは据わったままこう云った。

お玉は小さい紙入を黒襦子の帯の間から出して、幾らか紙に撚って女中に遣って置いて、駒下駄を引っ掛けて、格子戸の外へ出た。

たよりに思う父親に、苦しい胸を訴えて、一しょに不幸を歎く積で這入った門を、我ながら不思議な程、元気好くお玉は出た。切角安心している父親に、余計な苦労を掛けたくない、それよりは自分を強く、丈夫に見せて遣りたいと、努力して話をしているうちに、これまで自分の胸の中に眠っていた或る物が醒覚したような、これまで人にたよっていた自分が、思い掛けず独立したような気になって、お玉は不忍の池の畔を、晴やかな顔をして歩いている。