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がん

雁

森 鴎外

壱、弐、参「スバル 第三年九号」1911(明治44)年9月、肆、伍「スバル 第三年十号」1911(明治44)年10月、陸、漆「スバル 第三年十一号」1911(明治44)年11月、捌、玖「スバル 第三年十二号」1911(明治44)年12月、拾、拾壱「スバル 第四年二号」1912(明治45)年2月、拾弐「スバル 第四年三号」1912(明治45)年3月、拾参、拾肆「スバル 第四年四号」1912(明治45)年4月、拾伍、拾陸「スバル 第四年六号」1912(明治45)年6月、拾漆、拾捌「スバル 第四年七号」1912(明治45)年7月、拾玖「スバル 第四年九号」1912(大正1)年9月、弐拾「スバル 第五年三号」1913(大正2)年3月、弐拾壱「スバル 第五年五号」1913(大正2)年5月、弐拾弐、弐拾参、弐拾肆「雁」籾山書店1915(大正4)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 73,950 字 · 147 页

青空文庫

己にどうかして貰いたいと云う様子が見えている。打たれたいのだ。そうだ。打たれたいのだ。それに相違ない。お常奴は己がこれまで食う物もろくに食わせないで、牛馬のように働かせていたものだから、獣のようになっていて、女らしい性質が出ずにいたのだ。それが今の家に引き越した頃から、女中を使って、奥さんと云われて、だいぶ人間らしい暮らしをして、少し世間並の女になり掛かって来たのだ。そこでおしゅんの云ったようにぶんなぐって貰いたくなったのだ。

そこで己はどうだ。金の出来るまでは、人になんと云われても構わない。乳臭い青二才にも、旦那と云ってお辞儀をする。踏まれても蹴られても、損さえしなければ好いと云う気になって、世間を渡って来た。毎日毎日どこへ往っても、誰の前でも、平蜘蛛のようになって這いつくばって通った。世間の奴等に附き合って見るに、目上に腰の低い奴は、目下にはつらく当って、弱いものいじめをする。酔って女や子供をなぐる。己には目上も目下もない。己に金を儲けさせてくれるものの前には這いつくばう。そうでない奴は、誰でも彼でも一切いるもいないも同じ事だ。てんで相手にならない。