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まじゅつし
魔術師
江戸川 乱歩
「講談倶楽部」大日本雄弁会講談社、1930(昭和5)年7月~1931(昭和6)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 139,264 字 · 280 页
それは例えば少年の日の恋の思出の如く、ほのかにも匂やかな感情だ。
定めもなくあたりを見廻わしていた明智の目が、ピッタリと、闇の地上に釘づけになった。長い長い間そこを見つめていた。やがて、彼の固い頬が徐々にくずれ、皺んだ眉が開くと、にこやかな微笑が顔全体を占領した。
「二郎君、君が恋人を失った気持が、今こそ分る様な気がします。アア、君は変な顔をしてますね。なぜだと云うのですか。それはね、僕にも非常に美しい恋人が出来たからですよ」
明智はこんな際にも拘らず、彼にも似ぬ感情的な調子で、妙なことを云い出した。無論二郎には何のことだか分らなかったが、あとになって考えて見ると、我が明智小五郎が生涯で初めて恋を感じたのは、その芝居小屋の木戸口に立って、暗い地面を見つめていた時であった。誰に対して? それは追々に分ることだ。
「サア、これから賊を追っかけるのです。多分僕達は奴の巣窟をつきとめることが出来るでしょう」
明智が感情を振り払って叫んだ。二郎も警官達も、彼は気でも違ったのかと怪しまないではいられぬ。
「何を目当てに追跡するのです」
「マア、僕に任せて置いて下さい。