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まじゅつし

魔術師

江戸川 乱歩

「講談倶楽部」大日本雄弁会講談社、1930(昭和5)年7月~1931(昭和6)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 139,264 字 · 280 页

青空文庫

やや暫くたって、闇の中に、うっすりと、光の線が現われ、それが徐々に太くなって行く。誰かが入口のドアを細目にあけて、外を見ているのだ。家内の淡い光を背に受けて、クッキリと黒い影法師が浮き出し、ドアの隙間が拡がるにつれて、それが洋装の女であることが分って来た。

「どなた?」

何かを期待している様な低い声。確かに賊の娘の文代だ。

闇の中に蹲んでいた明智がヒョイと立上って、一尺の近さで娘と顔を見合わせた。暗いけれど、顔形が分らぬ程ではない。娘はハッと身を引き相にしたが、相手が予期していた人物と知ると、今度は何とも形容の出来ない複雑な表情で、泣き出し相な顔をしながら、ためらい勝ちに、幽かに幽かに目礼の様なことをした。

何と云う不思議な対面であろう。何という奇妙な知己であろう。一人は追うもの、一人は追われるもの、彼等は永久に敵同志の間柄だ。顔を見合わすのも、今が二度目、親しく語り合ったことは一度もない。ただ娘は実行したのだ。言葉の百層倍も雄弁に実行して見せたのだ。明智の方では、一度ならず二度までも、この比類なき乙女の純情に、彼女が賊の娘であるが為に、一層強く打たれないではいられなかった。