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まじゅつし

魔術師

江戸川 乱歩

「講談倶楽部」大日本雄弁会講談社、1930(昭和5)年7月~1931(昭和6)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 139,264 字 · 280 页

青空文庫

穴蔵の壁に小さな隠し戸がついていて、そこから、邸の外の原っぱへ抜けられるのです」

あとで検べて見ると、穴蔵の煉瓦の数枚が、倉庫の扉の様に、外から開く仕掛けになっていた。賊はその外へ廻って、目ざす妙子さんを、闇の穴蔵から、ソッと連れ出して行ったものに相違ない。父も兄達も、あの騒ぎの最中なので、それに気づかなかったのだ。

「では、すぐそこへ案内して下さい。あなたはなぜ早く、それを云わないのです」

文代は叱られて、答える術を知らなかった。彼女は最初からそこへ気づかぬではない。だが、そこには、まだひょっとしたら父が潜伏していないとも限らぬ。いくら正義の為とは云え、恋の為とは云え、父を売るのに、躊躇を感じない娘があるだろうか。これ程苦しんでいるものを、まるで思いやりもない様な、明智の言葉がうらめしかった。

と云って、もうここまで来たものだ、今更ら父をかばい立てしている訳には行かぬ。

「エエ、ご案内しますわ」

彼女は悲しい決意を示して答えた。

行って見ると、洞穴の入口は、蓬々と生い茂った雑草に覆われて、一寸見たのでは少しも分らぬ様になっていた。

その雑草をかき分けて、用意の小型懐中電燈を点じて、穴の中へ這い込んで見たが、大方想像していた通り、そこにはもう、人の影もなかった。