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まじゅつし
魔術師
江戸川 乱歩
「講談倶楽部」大日本雄弁会講談社、1930(昭和5)年7月~1931(昭和6)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 139,264 字 · 280 页
明智と呼ばれた、黒い影が聞き返した。
「エエ、見ました。僕は妹があんな恐ろしい顔をしたのを、見たことがありません。何だか全く別の女みたいな気がしました」
妙子を妹と呼ぶのを見ると、この人物は、玉村家の兄弟の一人に相違ない。
「人間は、一生の内、極くまれに、ああ云う表情を示すことがあるのです。あの表情の意味がお分りですか」
明智の声が云った。
「恐怖の表情です。人間の顔があんなにも恐怖を現わすものかと思うと、怖くなりました」
別の声が囁いた。どうやら玉村一郎らしい。すると、最初の一人は弟の二郎であろうか。それにしても、彼等は一体何の為に、この空家へ忍込んで、壁の穴なぞ覗いているのであろう。
「ですが、妹は何を見て、あんなにも驚き恐れたのでしょう。僕は不思議で仕方がないのです」
一郎が云った。
すると、彼等は壁の穴の位置の関係で、妙子が見たさっきの女の存在を、少しも気づかないでいるのだ。
「犯人を見たのです。お父さんを殺した真犯人を見たのです」
「エッ、何んですって、ではやっぱりこの向うの部屋に、その真犯人がいるのですか。でも、この穴から見たのでは、部屋の中は、全く空っぽじゃありませんか」