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まじゅつし
魔術師
江戸川 乱歩
「講談倶楽部」大日本雄弁会講談社、1930(昭和5)年7月~1931(昭和6)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 139,264 字 · 280 页
と、飛鳥の様に飛びかかる黒影、あなやと身構える明智の耳に、意外、味方の文代のいそがしい囁声、
「飛び込む真似をして、船べりに隠れていらっしゃい」
たった一言、黒影はついと離れた。
救い主の忠告である。明智は何も考えずその言葉に従った。
「この位の海が泳げないでどうするものか」
聞えよがしに大きく叫んで、ひょいと欄干を飛越すと、いきなり、もんどりうって、船の小縁にぶら下った。命の瀬戸際の軽業だ。
と同時に、当の明智でさえ自分が落ちたのではないかと疑った程の、ドボンという大きな水音。分った分った。文代の巧みなトリックだ。闇にまぎれて、何かしら重い品物を抛り込んだのだ。
「ヤ、飛込んだ。ボートを出せ、ボートを出せ」
道化師のわめき声、艫の方へ走る三人の足音、そこに小さなボートがつないである。狼狽した三人は、何を考える隙もなく、それをたぐり寄せて乗り込んだ。やがて、水を切るオールの音。ボートは明智の飛込んだと覚しきあたりを漕ぎ廻って、星あかりに海面をすかし見ながら、次第に本船を遠ざかって行く。
「もう大丈夫ですわ。あの人達が帰って来るまで、どっかに隠れていらっしゃい。