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まじゅつし
魔術師
江戸川 乱歩
「講談倶楽部」大日本雄弁会講談社、1930(昭和5)年7月~1931(昭和6)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 139,264 字 · 280 页
ところが、そうしている間に、嘗つて聞いたこともない滑稽な、併し同時に身の毛もよだつ程恐ろしい事柄が起った。
一郎は少し前から頸のうしろに、妙な圧迫を感じていたが、屋根に気をとられて、それが何であるかを考える余裕がなかった。だが、その圧迫感は、やがて、ジリジリと、不気味な鈍痛に変り、はては、耐え難き痛みとなった。
最初は何が何だか訳が分らなかった。怪物が上の方から彼の油断を襲ったのではないかと、一時はギョッとしたが、頸を圧えているものは、何かしら非人間的な、機械的な物体であることが感じられた。
彼は申す迄もなく、首を引込めようとした。だが、もう遅かった。見えぬ物体の為に圧迫され、顎が穴の縁につかえて、どうもがいても、首を引出すことは出来なかった。
頸の痛みは刻一刻増すばかりだ。その時、やっと、彼を苦しめている物体が何物であるかということが分った。彼は笑い出した。真底からおかし相に笑い出した。世の中にこんな滑稽なことがあるだろうか。彼の首を押えていたのは、大時計の針であった。
針といっても、長さ一間、巾一尺もある鋼鉄製の剣だ。その楔型の鋭くなった一端が、彼の頸の肉にジリジリと喰い入っているのだ。