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くろとかげ
黒蜥蜴
江戸川 乱歩
「日の出 第三巻第一号―第十二号」1934(昭和9)年1月号~12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 107,633 字 · 215 页
広々とした空地を横ぎった。なにかしら横に長い西洋館のそばを通った。ちらほらと螢火のような街燈が、わずかに見えるばかりで、行く手はいつまでも闇であった。
「マダム、ここT大学の構内じゃありませんか」
「シッ、物をいっちゃいけない」
握った手先にギュッと力をこめて叱られた。凍るような寒さの中に、つなぎ合わせた手の平だけが、二重の手袋を通して暖かく汗ばんでいる。だが、殺人犯の雨宮潤一は、この際「女」を感じる余裕など持たなかった。
闇を歩いていると、ともすれば、つい二、三時間前の激情がよみがえり、彼のかつての恋人の咲子が、喉をしめつけられながら、歯のあいだから舌を出して、口の端からタラタラと血を流して、牛のように大きな眼で、彼をにらみつけた形相が、空中を引っかくようにした断末魔の五本の指が、行く手一ぱいの巨大な幻となって、彼をおびやかした。
しばらく行くと、広い空地のまん中に、赤煉瓦らしい平家の洋館がポッツリと建って、そのまわりをこわれかけた板塀がかこんでいた。
「このなかよ」
黒衣婦人は低くつぶやいて、板戸の錠をさがしていたが、合鍵を持っていたのか、カチカチと音がすると、なんなくそれがひらいた。