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くろとかげ
黒蜥蜴
江戸川 乱歩
「日の出 第三巻第一号―第十二号」1934(昭和9)年1月号~12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 107,633 字 · 215 页
冬の通天閣は不人気だ。それに夕方のせいもあって、展望台には一人の遊覧客も見えなかった。
風よけの帆布を張りめぐらした、菓子や果物や絵葉書などの売店に、店番の夫婦者が寒そうに坐っているほかには全く人影はなく、何かこう、人界をはなれて、天上の無人の境へ来たような、物さびしい感じであった。
欄干にもたれて、下界をのぞくと、ここのさびしさとは打って変った雑沓の、数千匹の蟻の行列のような人通りが、足もとにくすぐったく眺められた。
そうして寒風に吹きさらされながら、しばらく待っていると、やがて次のエレベーターが到着して、ガラガラと鉄の扉のひらく音とともに、一人の奥様らしいよそおいの、金縁の目がねをかけた和服の婦人が、展望台に現われ、ニコニコ笑いながら、岩瀬氏の方へ近づいて来た。
今時分、このさびしい塔上へ、こんなしとやかな婦人が、たった一人でのぼってくるなんて、なんとなくそぐわぬ感じであった。
「物ずきな奥さんもあるものだ」
と、ボンヤリ眺めていると、驚いたことには、その婦人がいきなり岩瀬氏に話しかけたのである。
「ホホホホホ、岩瀬さん、お見忘れでございますか。