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くろとかげ

黒蜥蜴

江戸川 乱歩

「日の出 第三巻第一号―第十二号」1934(昭和9)年1月号~12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 107,633 字 · 215 页

青空文庫

あの繃帯を中耳炎といわれて信用してしまうなんて、おかしかったでしょうね」

黒衣婦人は一種異様の感動にうたれ、彼女のお尻の下に横たわっている人物が、敵ではなく恋人ででもあるかのような、奇妙な錯覚を感じていた。

「ウン、まあね。ばかすつもりでばかされていた君の様子は、少しばかり愉快でないこともなかったね」

世にも不思議な会話が、ここまで運ばれた時、突然ドアがひらいて、事務長姿の雨宮潤一がはいってきた。彼は室内の異様な話し声に不審をいだいたのだ。

「黒トカゲ」は相手が物をいわぬうちに、素早く唇に指を当てて合図をした。そして潤一青年をソッと手招きすると、そばの卓にあったハンド・バッグから鉛筆と手帳を取り出して、口ではなにげなく明智に話しかけながら、手はいそがしく手帳の紙の上を走った。

(手帳の文字)コノイスノ中ニ明智タンテイガイル。

「それじゃもしや、S橋の河岸で、妙な叫び声を立てたり水音をさせたりしたのも、あんたの仕業じゃなかったの?」

(手帳の文字)ハヤクミンナヲ呼ベ。丈夫ナ縄ヲモッテコイ。

「お察しの通りだよ。あの時君が油障子から顔を出しさえしなければ、こんなことにはならなかったかもしれないぜ」