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くろとかげ
黒蜥蜴
江戸川 乱歩
「日の出 第三巻第一号―第十二号」1934(昭和9)年1月号~12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 107,633 字 · 215 页
塀は破れ、門柱はかたむき、門内には雑草がボウボウと生え茂った、化物屋敷めいたあき工場だ。むろん燈火などは一つもないので、黒衣婦人は用意の懐中電燈を点じて、ソッと地上を照らしながら、雑草をふみしだいて先に立つ。そのあとから、眼かくしされた早苗さんの背中を抱くようにして、職工服の雨宮青年がしたがって行く。
門から五、六間行くと、大きな木造の建物がある。懐中電燈がその建物の側面をスーとなでるように通り過ぎた。たくさんのガラス窓。だが、そのガラスはみな破れ落ちて、満足なのは一つもない。黒衣婦人は建物の破れ戸を、ガタピシひらいて、クモの巣だらけの内部へとはいって行く。
懐中電燈が、こわされた機械類、天井を這うさびたシャフト、動輪、ちぎれたベルトなどを、次々とかすめて、最後にとまったのは、建物の一隅、監督者の事務室とおぼしき小部屋であった。
三人はそこの破れたガラス戸をひらいて、板ばりの床にあがった。
「トントン、トントントン、トントン……」
黒衣婦人の靴の踵が調子をつけて床を蹴る。まさかありふれたモールス信号ではあるまい。だが、何かの信号には違いなかった。