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くろとかげ
黒蜥蜴
江戸川 乱歩
「日の出 第三巻第一号―第十二号」1934(昭和9)年1月号~12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 107,633 字 · 215 页
この不思議な悲しみの合唱は、エンジンの単調な響きともつれ合って、いつまでも、いつまでもつづいた。泣きに泣いて、女賊の胸に日頃の邪悪が眼ざめるまで、早苗さんの心に敵愾心が湧きあがるまで。
その翌日の夕ぐれ、汽船は東京湾にはいって、Tという埋立地の海岸近くに錨をおろした。闇の深くなるのを待ってボートがおろされ、数人の人々がそれにのって、人眼のない埋立地の一角に漕ぎつけた。
三人の漕ぎ手をボートに残して、上陸したのは黒衣婦人と、早苗さんと、雨宮潤一青年であった。早苗さんは両手を縛られたまま猿ぐつわをはめられた上、厚い布で眼かくしまでされている。いよいよ「黒トカゲ」の巣窟に近づいたので、その路順をさとられない用心であろう。雨宮青年は、船員服をぬいで口ひげと頬ひげに顔をかくし、カーキ色の職工服、見たところ機械工場の職工長といったかっこうである。
T埋立地は広々とした工場街で、住宅はほとんどなく、工業界不振時代のその頃には、夜業をいとなむ工場など皆無であったから、夜はまばらに立った青白い街燈のほかには燈火も見えず、廃墟のような場所であった。
三人は、海岸につづく広い草原を横ぎり、工場街の道路を、グルグルと廻りあるいた末、とある一と構えの廃工場へとはいって行った。