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くろとかげ
黒蜥蜴
江戸川 乱歩
「日の出 第三巻第一号―第十二号」1934(昭和9)年1月号~12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 107,633 字 · 215 页
途中が非常に不安だったけれど、ホテル住まいをつづけるよりは、早く自宅に帰って、一家眷族の中に落ちつきたかったからだ。
明智小五郎もそれをすすめ、途中の護衛の任にあたった。ホテルから駅までの自動車、汽車の中、大阪に到着して出迎えの自動車、賊の手はどこに伸びてくるかわからなかったので、それらの点には綿密の上にも綿密の注意がはらわれた。
結局、早苗さんの一行は無事に自宅に帰ることができたのだ。明智はそれから引きつづき岩瀬家の客となって、早苗さんの身辺をはなれなかった。そして、数日はなんの異変もなく過ぎ去った。
さて読者諸君、作者は、ここに舞台を一転して、今までこの物語りに一度も現われなかった一人の女性の、不思議な経験を語る順序となった。それは黒トカゲや早苗さんや明智小五郎とは、なんの関係もない事柄のように見えるかもしれない。しかし、敏感な読者は、この一女性の奇異な経験が、事件に関してどんな深い意味を持っているかを、容易にさとられるに違いない。
それは早苗さんが大阪に帰って間もないある夜のことであったが、同じ大阪市内の盛り場S町の通りを、両側のショウ・ウインドウを眺めながら、用もなげに漫歩している一人の娘があった。