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くろとかげ
黒蜥蜴
江戸川 乱歩
「日の出 第三巻第一号―第十二号」1934(昭和9)年1月号~12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 107,633 字 · 215 页
襟と袖口にチョッピリと毛皮のついた外套が、しかしなかなかよく似合って、ハイ・ヒールの足の運びも軽やかに見えたが、彼女の美しい顔には、なぜか生気がなかった。どことなく捨てばちな、「どうにでもなれ」というような気色がただよっていた。それゆえに、ともすればストリート・ガールなどと見ちがえられそうであった。
現に、彼女をその種類の女性と考えてか、さいぜんから、それとなく彼女のあとをつけている一人の人物があった。茶色のソフトに、厚ぼったい茶色のオーバー、太い籐のステッキ、大きなロイド目がね、髪もひげもまっ白なくせに、テラテラとした赤ら顔の、気味のわるい老紳士だ。
娘の方でも、とっくにそれを気づいていた。だが、彼女は逃げようともしないのだ。ショウ・ウインドウの鏡を利用して、その老人の様子を、何か興味ありげに眺めさえした。
S町の明るい通りを、ちょっと曲がった薄暗い横町にコーヒーのうまいので有名な喫茶店がある。娘はふと思いついたように、尾行の老紳士をちょっと振り返っておいて、その店へはいって行った。そして、シュロの鉢植えで眼かくしをした隅っこのボックスに腰掛けると、なんと人を喰った娘さんであろう、コーヒーを二つ注文したのである。