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くろとかげ
黒蜥蜴
江戸川 乱歩
「日の出 第三巻第一号―第十二号」1934(昭和9)年1月号~12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 107,633 字 · 215 页
「いらない、いらない」
流しタクシーにしては、少し車が上等すぎるがと思いながら、手まねで追いやろうとすると、
「僕だよ、僕だよ、早く乗りたまえ」
運転手が、笑いをふくんだ女の声で言った。
「ああ、マダムか。あんた運転ができるんですか」
潤一青年は、あの宝石踊りの黒天使が、たった十分ほどのあいだに背広の男姿になって、自動車を運転してきたのを知ると、一驚を喫しないではいられなかった。もう一年以上のつき合いだけれど、この黒衣婦人の素姓は、彼にもまったく謎であった。
「軽蔑するわね、僕だって車くらい動かせるさ。そんな妙な顔してないで、早くお乗りなさい。もう二時半よ。早くしないと、夜があけちゃうわ」
潤一が面くらいながら、客席に腰をおろすと、自動車は邪魔者のない夜の大道を、矢のように走りだした。
「この大きな袋、なんです」
彼はふとクッションの隅に丸めてあった、大きな麻袋に気づいて、運転台にたずねかけた。
「その袋があんたを救ってくれるのよ」
美しい運転手が振り向いて答えた。
「なんだかへんだなア。一体これからどこへ、何をしに行くんです。僕、少し気味がわるくなってきた」