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くろとかげ

黒蜥蜴

江戸川 乱歩

「日の出 第三巻第一号―第十二号」1934(昭和9)年1月号~12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 107,633 字 · 215 页

青空文庫

長椅子の掛け心地は、それほど異様であった。だが、彼は一つのアームチェアに沈みこんだまま、ほかの椅子を試みようともしなかったのだ。

そうしているところへ、小間使いがドアから顔を出して、電話を知らせた。大阪の店からの用件らしい。岩瀬氏は奥の居間の卓上電話へといそいで出て行った。だが、さすがに用心深く、書生部屋に声をかけて、応接室の早苗さんを注意するようにと命じることを忘れなかった。

主人の声に二人の書生が廊下へ出て、そこで見張り番を勤めた。その廊下の突きあたりが応接間のドアになっていた。書生たちの前を通らないでは、だれも早苗さんのいる部屋へはいることはできないのだ。

むろん応接間には、庭に面していくつかの窓がひらいていたけれど、それにはすべて、例のいかめしい鉄格子がはめてある。庭からも、廊下からも、早苗さんの身辺に近づく道は、全く杜絶されていた。でなくては、いかに急用の電話とはいえ、岩瀬氏がその部屋に早苗さんを一人ぼっちで残して行くはずはなかった。

電話の結果、岩瀬氏は急に大阪の店へ出向かなければならなくなった。彼は大急ぎで着がえをして、夫人と小間使いに見送られて、玄関に出た。