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しほんたいへいき

私本太平記(七)

吉川 英治

線上閱讀吉川 英治《私本太平記(七)(しほんたいへいき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 330,262 字 · 662 頁

青空文庫

また、すでにそうした伝承心理が一般のあいだに根ぶかくあったとすれば、その心理を兵法に利用して、士気を振るわすなどのことは、兵家の常套手段でもあった。義貞もしたろうし、直義もまたこのさいは、意識的にそれを演じて、

「われらの武運はまだつきぬところぞ。心落すな人々」

と、大いにその偶然を奇瑞として唱ったことであったにちがいない。

けれど、これの半面には、脱落者が多かったことも証拠だてられている。――おん船に従ひ奉る船三百余艘なり――とはあるが、べつの箇所では

さるほどに

おん供仕つるべき大将共

その中の七八人は

京都へ赴くあり

後日、降参とぞ聞えし

などの記事もあるのだ。

このとき一方の旗頭たる大将たちが七、八人も降参洩れしていたなどは、決して少ない兵数の減少ではない。

――当然、たたかい破れて落ちてゆく船上には、落莫な感、悲痛な顔が、おもたく口をとじ合っていたことだろう。そしてこういう中に在る日こそ、その全体の上にある首将の人間そのものが、微妙に、末端の一兵士にまですぐ敏感なひびきをもって映ってゆくものだが、その点でも、尊氏のすがたにはなんのとげとげしさも沈痛な気色もなかった。