輕鬆讀懂日語經典作品
ja-reading.com
輕鬆讀懂日語,輕鬆閱讀日語。線上閱讀日語經典作品。支援在閱讀過程中顯示假名、查詢生詞、翻譯句子。
しほんたいへいき
私本太平記(七)
吉川 英治
線上閱讀吉川 英治《私本太平記(七)(しほんたいへいき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 330,262 字 · 662 頁
とくに、足利方は弱った。
いつか四道の糧道をふさがれ、洛内の食糧は極度に枯渇してきたのである。いまにして、後醍醐の帷幕は、さきに正成がすすめた戦略を、実施させていたとみえる。
つまり“封じ込め策”だ。尊氏を洛中に入れて糧道を断つ。――もしこれが、正成もまだ健在の、湊川以前におこなわれていたらどうだったか?
「正成あらば」
とは、なにごとにつけ、後醍醐の御思慕であったにちがいない。
だが、もうおそい。
「なにをしている、直義」
と一日、尊氏から叱咤された直義は、八月から九月へかけて、猛然とふたたび総反攻をおこした。――綾小路の官舎に陣していた少弐頼尚、壬生ノ匡遠の宿所に陣する高ノ師直、上杉伊豆、仁木兵部、そのほかの部将も、総力をあげて、敵の宮方を、山上へ追いしりぞけた。
法勝寺も焼け、大覚寺も焼かれた。――八条猪熊で、名和伯耆守長年が斬り死にしたのも、このころである。
結城、伯耆、楠木、千種
宮方の、三木一草、みな死に枯れた――と都人はいった。とまれ宮方勢も、士気は荒び、内からはしばしば内応者が出、危機の兆をあらわしていた。
とはいえ、まだ、瀬田、宇治、醍醐、淀、山崎にわたる“つなぎ陣”から、一軍は近江へ出て、近江の佐々木道誉を攻めるなど、毫も、足利方の糧道遮断にたいしては手を抜いていない。