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つたかずらきそのかけはし

蔦葛木曽棧

国枝 史郎

Read 蔦葛木曽棧 (つたかずらきそのかけはし) by 国枝 史郎 (くにえだしろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 335,908 characters · 669 screens

Aozora Bunko

声のあるのが心頼みじゃ。それに、現在眼の前で鹿が幾頭も射斃された。射た者のある証拠である」

「そうだ、鹿は射殺されて向こうの雪の上に倒れている。あれを拾って来て験べて見よう」武兵衛はこう云って立ち上がったが、にわかに驚いて声を上げた。

「や! 殺された鹿が見えぬ!」

「何、殺された鹿が見えぬ? どれどれ拙者が見付けてやろう」

数馬はその方へ走って行った。しかし獲物はなかったと見えてやがて首を垂れて戻って来た。

「どうだな、鹿はなかったかの?」

「不思議のことじゃ、見当らぬ」数馬は雪に膝を組み、腕を拱いて考え込んだ。

「鹿が射られたと思ったのは、それじゃ俺達の眼違いかな」気の毒そうに武兵衛は云った。

「雪に血潮が零れていた。鹿は確かに射られた筈じゃ」

「それでは生き返って遁げて行ったか」

「あれだけ血潮が流れ出たからには生き返っても遁げられはせぬ」

「どうしても俺らには解らねえ」

「この拙者にも解らぬわい」

二人はそれっきり黙ってしまった。

その当惑した二人の者を、尚も嬲ろうとでもするかのように、三度、勇ましい鬨の声が谷の四方から湧き起った。猟犬の猛々しく吠ゆる声。何者をか叱する人間の叫び。