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つたかずらきそのかけはし
蔦葛木曽棧
国枝 史郎
Read 蔦葛木曽棧 (つたかずらきそのかけはし) by 国枝 史郎 (くにえだしろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 335,908 characters · 669 screens
一番鶏
――おお老人には所用がござった。大切の絵図面を引かねばならぬ。――もはや危難もござるまいに、市之丞殿も芳江殿もゆるゆるお物語なさるがよい」
こう云いすてるとオースチン師は白い法衣を揺るがせながら吟味所の方へ姿を消した。
春の朧月は益※(二の字点、1-2-22)朧ろに満開の桜花は雲よりも白く夜鳥は一層啼きしきり、夜は艶かしく更けて行った。
「もう帰らねばなりますまい」
独言のようにこう云いながらしかも帰るような風情もなく市之丞はじっと立っている。それに嫋かに寄り添いながら芳江は言葉もなく立っている。
美しい人、美しい夜。いつまでもこういう美しさが傷つけられずにいるであろうか? それは神のみが知っている。
ふと溜息が聞こえて来た。芳江の洩らした溜息である。
一番鶏
「何んとなされました? その溜息は?」
市之丞は思わず芳江の手を堅く握りながら引き寄せた。
「はい」と芳江は咽びながら、「何んと申しても私達は敵同志の間柄。もしも恐ろしい邪魔でもはいって別れるような事があったらと……」
「それで溜息をなされたか? 弓矢八幡も照覧あれ、この恋破れるほどならば我ら生きてはおりませぬ――おおそうじゃ! その暁には手に手を取って故郷を後に立ち去ろうではござらぬか? どこの世界にも陽は照り申す。