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つたかずらきそのかけはし
蔦葛木曽棧
国枝 史郎
Read 蔦葛木曽棧 (つたかずらきそのかけはし) by 国枝 史郎 (くにえだしろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 335,908 characters · 669 screens
そこは谷じゃ! さあその谷を上がろうぞ! 広い平野に出るであろう!」
すると、芳江の叫ぶらしい、悲しい声が聞こえて来る。
「懐かしい懐かしい葡萄大谷! 恋しい恋しいお父上! おさらばでござります! おさらばでござります!」
ゴーッと吹いて来た嵐のために、三人の声は全く消され、二度と聞こえては来なかった。
部屋の中には弾正太夫が、一人尚巍然と腰掛けている。暖炉の焚火はパチパチと刎ね、昼夜ぶっ通しに点されてあるオースチン師考案の瓦斯の火は、部屋一杯に輝いてはいるが、彼の姿は孤影悄然、いとも寂しげに見えていた。
彼は鬼神でも悪魔でもない。血と涙とを他人一倍に貯えている武将であった。娘と別れる悲しさは誰にも増して大きかったが、それを表面に出さなかったのは、衆人の頭であるからであった。仇敵としてこの年頃戦いを挑んでいる神保帯刀の人ともあろうその嫡子と相愛の仲とあって見れば、いかに娘が可愛くとも、諸人への見せしめ部下への威厳、打ち棄てて置くことは出来なかった。
しかし、いよいよ別れて見れば、その寂しさその飽気なさ、ひしひしと身を食うばかりである。
「お願い致しますオースチン老師、どうぞ二人の若い男女を、あなたの力で末永く幸福にお導きくださいますよう! そしてお互いに愛し愛された、二人の者をあなたのお教えで、夫婦になされ