Japanische Klassiker mit Furigana
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もめんいぜんのこと
木綿以前の事
柳田 国男
Lesen Sie 木綿以前の事 (もめんいぜんのこと) von 柳田 国男 (やなぎたくにお) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 177.586 Zeichen · 348 Bildschirme
供とは共同食事、神や祖霊とともにすべての家族が相饗することであり、節はすなわち折目、改まった日ということであった。オセチという語は年越の日の食事の名に残っているが、或いはまた餅を意味する地方もある。こういう晴の食事には、衣服もまた晴のものを着た。それ故に晴着を「餅食い衣裳」という例も有るのである。
数量回数の点からいうと、褻の食事の日は一年に三百日以上、朝夕二食を算えると七百回近くまでがそれであり、非常に貧しければ晴の食はもっと少なくなる。経済上の重要度は、むろんこの方が遥かに高いと言い得る。世の多くの学者の食物論が、是ばかりを目標としているのも一応の理由は有る。しかし他の一方の重要性はいわば宗教的であった。我々の精神文化と深い交渉のあるのは、もっぱら晴の食物であったのみならず、それがまた全体の生活様式に、人知れぬ刺戟を与えていることも事実である。史書文献の今日に伝わっているものは、通例はこの部分に限られている。料理という語は晴の食物を調製することだけを意味し、料理物語という類の記述は常の日の食事には触れていない。したがって当世の経済史家、すなわち文書に拠って食物の歴史を知ろうとする人々は、自身まずこの晴の食事の慣習の影響を受けざるを得ないのである。