Classiques japonais avec furigana
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Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.
イエスでん
イエス伝
矢内原 忠雄
Lisez イエス伝 (イエスでん) de 矢内原 忠雄 (やないはらただお) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 220 119 caractères · 436 écrans
苦しみは烈しくとも、救いの顕現は近い。現代が過ぎ逝いてしまわないうちに、これらのことは成就するであろう。たとい天地は過ぎ逝いても、わが言は過ぎゆくことはない(一三の二八―三一)。汝らわが言を信じて、希望をたもて。患難は来たらざるをえない。しかしわが名のゆえに汝らの受くるしばらくの軽き患難は、きわめて大なる永遠の重き光栄を汝らに得させるのだ(コリント後書四の一七)。
しからば人の子の再臨する「時」はいつ? と汝らは問う。それは天の使いも知らず、イエス自身も知らない。それを知り給うのは父なる神だけだ。むしろそれは父の御心にあることであって、神御自身でも、キリスト再臨の日を何年何月何日というふうに機械的に固定して定めておられるわけではあるまい。父は人類社会と自然界における万物進行の状態を観ておられて、ここが潮時と思われる時にキリストを再臨せしめ給うのであろう。本当に私もその時を知らないのだ。いわんや汝らがそれを知りうるはずがないのである。汝らの心にかくべきことはただ一つ、「心して目を覚ましおれ!」それだけだ(一三の三二、三三)。信仰が目ざめていれば、「時」