Lecture japonaise

Classiques japonais avec furigana

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Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.

イエスでん

イエス伝

矢内原 忠雄

Lisez イエス伝 (イエスでん) de 矢内原 忠雄 (やないはらただお) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.

N2 · avancé · kanji et kana modernes · 220 119 caractères · 436 écrans

Aozora Bunko

とも、また「神の子」とも呼んでいるのであり、新約聖書でもペテロはイエスを「神の僕」と呼んでいる(使徒行伝三の一三、ペテロ前書二の一八―二五参照)。しかしながら、イエス御自身の聖召の自覚は明白に「神の子」としてであって、「僕」ではなかった。

神の子とはいかなる意味であるか。我々は神様がイエスをば、我々が子を生むように生んだとは思わない。神の子であるとは神と同じ心、神と同じ本質をもつものということです。子は親の意志に対して従順であり、親の理想、親の使命を果たします。その点において子は僕と共通であります。しかし子は内側の結びつきであり、僕は外側の結びつきであります。善き僕は悪しき子に優るが、善き子は善き僕以上であります。僕はいくら善くても他人ですが、子は親の生命、親から出たものであります。子は親の顔形のみでなく、親の気質を受けているから、いかなる善き僕よりも本質的に親を善く現わします。イエスと神様との関係は心の内側の結合であって、外側の関係ではない。イエスの心は神様の心と結びつき、その気質、その本質を受け継いだ。この意味でイエスは神の僕以上の者、すなわち神の子であり給うた。