Classiques japonais avec furigana
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Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.
イエスでん
イエス伝
矢内原 忠雄
Lisez イエス伝 (イエスでん) de 矢内原 忠雄 (やないはらただお) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 220 119 caractères · 436 écrans
と言って施しの心を閉ずれば、イエスはこれを怒り給うにきまってる。いと小さき者の一人の飢えしときに食わせず、渇きしときに飲ませざる者は、詛われて永久の刑罰に入るべきものだ、とかつて教え給うたでないか(マタイ二五の四一―四六)。また「わが汝に負うところのものはコルバン(供物)なり」と言えば父母に物を与えなくてもよい、と論ずるパリサイの学者の偽善を烈しく責め給うたこともある(七の九―一三)。しかし今は貧しき者が目の前で飢えているのでもなく、父母に事える場合でもない。今目の前で悩んでいるのは、イエス御自身なのだ。十字架の死の予感が彼をとらえ、その御心は孤独の深淵に沈み、たましいの底にまで透徹する同情に飢え渇いておられるのだ。しかしこの渇きをいやし奉ったものは、まさしくマリヤのそそいだ一壷の香油であったのです。
マリヤはイエスの死を明確に予知したのではありますまい。しかし死のような悲哀が、イエスの御心に湛えられていることを直感したのです。弟子たちはこの切迫した場合に立ち至っても、なお生において、活動において、イエスを見た。仕事! 仕事! というのが彼らの思いでありました。