후리가나로 읽는 일본 고전
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わすれのこりのき
忘れ残りの記
吉川 英治
吉川 英治의 忘れ残りの記(わすれのこりのき)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 193,050자 · 383화면
土地の女学校を出た後、母は、その頃芝の新銭座にいた国学者でまた南洋学の先覚、近藤真琴の家庭へしばらくやられていた。
近藤家との縁は、母の姉山上豊子が、鳥羽出身の斎藤恒太郎(当時、近藤塾の外語教授)に嫁いでいたので、おなじ鳥羽藩士の近藤真琴と斎藤家の縁故からと考えられる。豊子は、ぼくの母をまたなく可愛がっていたので、妹をそばへおきたい気もちから東京へ連れて来て、近藤家へ見習いに頼んだもののようである。
航海測量練習所と称した芝新銭座の攻玉舎は、勝海舟などの育成していた幕府海軍操練所の遺産といっていいようなもので、初めは近藤塾と共に、鳥羽藩の邸内にあったのを、後に、芝新銭座に移し、やがてこれが海軍兵学校の嚆矢をなしたものである。ぼくの母は、いずれそこの小間使か、塾の手伝いみたいなことで預けられたのではあるまいか。母はよくその頃の愉しかったことを、さも懐かしげに、ぼくらへ聞かせた。
母の容姿は、ちっとも、きりょう美しの方ではないが、小づくりで俗にいう抜けるほど色の白いひとだった。攻玉舎にいた時分も、海軍志望の若い塾生たちにからかわれ、おいくさんと呼ばれないで、お雪さんお雪さんと愛称されていたというようなことを、もう何人も子を産んでから後も、恥かしげにぼくらへ語ることがままあった。