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あさひのよろい

あさひの鎧

国枝 史郎

「時事新報」1934(昭和9)年8月25日~1935(昭和10)年3月16日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 239,520 字 · 475 页

青空文庫

乳房をさがし出して吸ったのであったが、死人から乳は出なかった。乳房にも血汐は流れ寄って来ていた。その血が口へはいったらしい。で、嬰児は泣き出したのであった。

「可哀そうに」

と早瀬は云った。

嬰児を膝へ抱き上げた。

母の死骸から流された血で、顔を染め指を染めたその嬰児は、抱き上げられて泣くのを止め、布の裾から顔を覗かせ、早瀬を見上げて無心に笑った。

(わたしこの児を見殺しには出来ない)

早瀬は烈しくそう思った。

殺されている狂人の女乞食が云った、さっきの言葉が思い出された。

――その盲目の殺人狂に、この児を見せてやろう抱かせてやろう、そうしたらその男も仏心を起こして、殺生の真似などしないだろうと、……そういう意味のことを云ったその言葉を!

(気の毒な殺された女の人の代わりに、わたしがこの児をその殺人狂に、抱かせてやろう、そうだ抱かせて!)

その男に対する憎悪の念が、早瀬の心に涌いて来た。

「悪人! ……鬼! ……無慈悲な悪魔! ……罪もないこの児の母親を殺し、無邪気なこの児を孤児などにして! ……」

この時早瀬の懐中から、銭形模様の艶のある紐が、五寸あまり延びて出た。