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あさひのよろい
あさひの鎧
国枝 史郎
「時事新報」1934(昭和9)年8月25日~1935(昭和10)年3月16日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 239,520 字 · 475 页
尊い犠牲
足利直義は狼狽し、女影原や小手指原などで、時行の兵と戦ったが、戦い利あらず敗北し、鎌倉の地にとどまることさえ出来ず、西をさして落ちることになった。
二十三日の深い夜、山内村まで落ちて来た。
と、直義は馬を止め、傍を駈けていた家臣の一人、淵部伊賀守義博を呼んだ。
「義博」
と直義は声を忍ばせ、
「われらが宿願成就にあたり、最大の障害を与うるもの、前征夷大将軍大塔宮様じゃ。……時行などの手にお渡りあっては、後難計るべからざるものがある。……まことにおいたわしい限りではあるが……」
「…………」
義博は無言で唾を呑んだ。
「そち二階堂ヶ谷に引っ返し……」
「…………」
「宮家の御首級……」
「それは余りに」
「行け! 主命じゃ! 躊躇は許さぬ!」
「…………」
やがて軍からひき離れ、郎党六騎をひきつれて、二階堂ヶ谷へ引っ返して行く、淵部義博の甲胄姿が、星月夜の下に認められた。
幽かにともされた燈火の下に、この夜宮家には経机に倚られ、お経をしずかに読誦ましまし、寂然と端坐おわされた。
御髪延びて肩にかかり、御口髭も御頤髯も、まばらに生えた御顔は、二百日に余るご幽居によって、蒼白の御色に眺められた。