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オリンポスのかじつ

オリンポスの果実

田中 英光

「文学界」1940(昭和15)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 75,277 字 · 147 页

青空文庫

沢村さん始め皆は、いつになくお喋りなぼくを呆れてみつめ(大坂が、エヘ)とさも軽蔑したような表情をするのでしたが、その夜は、明らかに教養でみんなを圧倒した態なのも嬉しく、なおも図にのって、お嬢さんに媚びるように、「吉右衛門や菊五郎はどうも歌舞伎のオオソドックスに忠実だとはおもえません。まア羽左衛門あたりの生世話の風格ぐらいが――」など愚にもつかぬ気障っぽいことを言っていると、突然、大広間の奥からけたたましいジャズが鳴り響き、続いて、「どうぞ皆さんダンスにお立ち下さい」というマイクロフォンの高声がきこえて来ました。すると奥さんはたいへん丁寧にお嬢さんに向い、「佐保子や、お前坂本さんにダンスをお願いしなさい」と言われたので、ぼくは一遍に冷汗三斗の思いがしました。改めてお嬢さんの金糸銀糸でぬいとりした衣裳や、指に輝く金剛石、金と教養にあかし磨きこんだミルク色の疵ひとつない上品な顔をみると、ぼくはダンスは下手だし、その手をとるのも恐くなり、「駄目です。ぼくは踊れないんですから」と消え入りそうな声で、吃り吃りいいました。お嬢さんはかすかに片頬でほほえむと折からプロポオズして来た陸上のF氏の肩にかるく手をかけ、踊って行ってしまいました。