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オリンポスのかじつ

オリンポスの果実

田中 英光

「文学界」1940(昭和15)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 75,277 字 · 147 页

青空文庫

ぞうっとして、急いで、振りきって、帰ってきたんです。それだけなの」

それだけの事実が、こんなにも歪曲され拡大されて伝わって行くとはと、ぼくが訳もなく口惜しがっているあいだに、川北氏は考えを纏め、しずかに意見を述べだしました。

「だから、熊本君、さっきも言ったように、ネルチンスキイ氏に、なにもそれ程の邪意はなかったのじゃないかな。外国人は、女の手を握ったり、接吻したりするのは平気だから、若しかすると単なる親愛の意味からやったに過ぎないのじゃないかとも思う。しかしそういう処へ、男と二人ッきりでいたという、あなたも賢明じゃなかった。これからは、気をつけるんですね。

けれど、ネルチンスキイ氏にも、一度会って話はしておきましょう。なんでも彼方の習慣通りにやられては堪らない。ぼくが会って、あなたのことも、明瞭に、あやまらせて置きます」

ぼくはこんなにテキパキあなたに話ができる川北氏が羨しかった。ぼくには、悔恨と憧憬しかない。しかし、この人には理性と実行力があるのだと、尊敬する気持で、ぼくは、ネルチンスキイを捜す、川北氏のあとについて行きました。

折よくプウルの傍の手摺によりかかり、海に唾を吐きちらしているネルチンスキイをみつけると、川北氏は傍に近づき巧みな英語で話しかけます。