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オリンポスのかじつ
オリンポスの果実
田中 英光
「文学界」1940(昭和15)年9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 75,277 字 · 147 页
今のあなたにはお逢いしたくない。
あのとき、帰りの船であなたがぼくの啄木歌集の余白に書いて下さった言葉を覚えています。
≪往きの船ではずいぶん面白く御一緒に遊んで頂きましたわ。真珠の夢のように一生忘れられない思い出になりましょう。日本に帰りましたら是非お遊びにいらして下さい。寄宿舎の豚小屋に≫
そして、その頁のすぐ裏には、レスラア某氏の書いてくれたこんな文句がありました。
≪世界は酒と女と金≫
横浜沖で歓迎船が見えだしてから、ぼくは慌てて、あなたの写真を内田さんと一緒に撮らせて貰いました。あなたの衣裳も顔も皺くちゃにレンズのなかにぼけて写っていました。あなたの顔は往きの船の健康さにひきかえ、憂いの影で深く曇っていました。ぼくはそれをぼくへの愛情の為かと手前勝手に解釈していたのです。
帰朝して三日目、高知県主催の歓迎会が丸の内の中央会館でありました。あなたも同じ高知県なので、勿論お逢いできると思い、慌てて道を歩き交通巡査に叱られるほどの興奮の仕方で出席しました。しかし、面窶れしているあなたにお逢いしても、やはりなんにも話せませんでした。
只、エレベエタアを一緒の箱で、身体が触れ合って降りたときと、挨拶に壇上に登る際、降りて来たあなたと擦れちがったときとが、限りなく苦しかった。