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オリンポスのかじつ
オリンポスの果実
田中 英光
「文学界」1940(昭和15)年9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 75,277 字 · 147 页
ぼくは一瞬、度胆を抜かれましたが、こんな景色とて、これが、あの背広を失った晩に見たらどんなにつまらなく見えたでしょうか。いわばあなたとの最初の邂逅が、こんなにも、海を、月を、夜を、香わしくさせたとしか思われません。ぼくは胸を膨らませ、あなたを見つめました。
その夜のあなたは、また、薄紫の浴衣に、黄色い三尺帯を締め、髪を左右に編んでお下げにしていました。化粧をしていない、小麦色の肌が、ぼくにしっとりとした、落着きを与えてくれます。顔つき合せては、恥かしく、というより、何も彼にもが、しろがね色に光り輝く、この雰囲気のなかでは、喋るよりも黙って、あなたと、海をみているほうが、愉しかった。
随分、長い間、沈黙が続いた後で、ぽつんとぼくが、「熊本さんも、高知ですか」と訊ねました。あなたは頷いてから、「坂本さんは、高知の、どこでしたの」と言います。「いや、高知は両親の生れた所ですけれど、まだ知りません。ずっと東京です」「そう。高知は良い国よ。水が綺麗だし、人が親切で」「ええ、聴いています。母がよく、話してくれます。ほら、よさこい節ってあるんでしょう」「ええ、こんなんですわ」