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オリンポスのかじつ

オリンポスの果実

田中 英光

「文学界」1940(昭和15)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 75,277 字 · 147 页

青空文庫

十

十

それまでは皆、ぼくを精々、嫉妬するくらいで、別に詰問するだけの根拠はなかったのですが、図らずも、ハワイで買った紅いセエム革の手帳が、それに役立つことになりました。

ハワイを出て、海は荒れだしました。甲板に出ても、これまで群青に、輝いていた穏やかな海が、いまは暗緑色に膨れあがり、いちめんの白波が奔馬の霞のように、飛沫をあげ、荒れ狂うのをみるのは、なにか、胸塞る思いでした。船の針路を眺めると、二三間もあるような、大きなうねりが、屏風をおし立てたように、あとからあとから続いて来ます。

さすが、巨きな汽船だけに、まア、リフトの昇降時にかんじる、不愉快さといった程のものでしたが、やはり甲板に出てくる人の数は少なく、喫煙室で、麻雀でもするか、コリントゲエムでもやっている連中が多かったのです。

そういう時、ぼくは独り、甲板の手摺に凭れ、泡だった浪を、みつめているのが、何よりの快感でした。あなたとは、もう遊べませんでした。で、ぼくは、あなたとレエスのことばかり、空想していました。ボオトは、勝負はとにかく、全力を出し切らねばならない。全力を出し、クルウが遺憾なく、闘えたとします。