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オリンポスのかじつ

オリンポスの果実

田中 英光

「文学界」1940(昭和15)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 75,277 字 · 147 页

青空文庫

そのうち、ひょッとしたら、合宿の戸棚のグリス鑵の後ろになかったかなアと、溝のなかをみつめている最中、ふとおもいつくと、直ぐまた合宿の二階に駆けあがって、戸棚をあけ、鉄亜鈴や、エキスパンダアをどけてやはり鑵の背後にないのをみると、否々、ひょッとしたら、あの道端の草叢のかげかもしれないぞと、また周章て、駆けおりてゆくのでした。

捜せば、捜すだけ、なくなったということだけが、はっきりしてきます、頭のなかは、火が燃えているように熱く、空っぽでした。もう、駄目だと諦めかけているうち、ひょッとしたら、さっき家で、蒲団を全部、拡げてみなかったんじゃなかったか、という錯覚が、ふいに起りました。そうなると、また一も二もありません。一縷の望みだけをつないで、また車をつかまえると「渋谷、七十銭」と前二回とも乗った値段をつけました。

と、その眼のぎょろっとした運転手は「八十銭やって下さいよ」とうそぶきます。場所が場所だけに、学生の遊里帰りとでも、間違えたのでしょう、ひどく反感をもった態度でしたが、こちらは何しろ気が顛倒しています。言い値どおりに乗りました。

ぼくは、車に揺られているうち、どうも、はじめの運転手に盗られたんだ、という気がしてきました。