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オリンポスのかじつ
オリンポスの果実
田中 英光
「文学界」1940(昭和15)年9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 75,277 字 · 147 页
そうしたら日本に帰って、あなたと堂々と結婚できると思う。
そんな風に楽しい空想を描いているときでも、絶えず、先輩達の眼、周囲の口が、想われて、それがなにより厭でした。こうした悪意に対して、ぼくは、それを、じっと受け応えるだけで、精一杯でした。
当時、ぼくは二十歳、たいへん理想に燃えていたものです。なによりも、貧しき人々を救いたいという非望を、愛していました。だから、その頃、なにか苦しい目にぶつかると、あの哀れな人達を思えと、自分に言いきかせて、頑張ったものです。
それでいながら、例えば、舷側に沸きあがり、渦巻き、泡だっては消えてゆく、太平洋の水の透き徹る淡青さに、生命も要らぬ、と思う、はかない気持もあった。
船室では、同室の沢村さん松山さんが、いないときが多かったので、いつでも、自分の上段の寝室にあがり、寝そべって、日記をつけていました。日記の書き出しには、こんなことが書いてありました。
≪ぼくはあのひとが好きでたまらない。この頃のぼくはひとりでいるときでも、なんでも、あのひとと一緒にいる気がしてならない。ぼくの呼吸も、ぼくの皮膚も、息づくのが、すでに、あのひとなしに考えられない。