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オリンポスのかじつ

オリンポスの果実

田中 英光

「文学界」1940(昭和15)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 75,277 字 · 147 页

青空文庫

十三

金門湾、桑港! と、ぼくは、昔なつかしい名を口にして、そのときも、今、聞かされている意見より、もっと、悠久なものについて考えていました。清さんも、同じ種類の感動に襲われたのか、ぼくに、「ほら、もう桑港じゃないか。元気をだしなよ」と肩を叩いて話を打ちきり、二人はしばし、唇を噤み、じっと、この新しい大陸をみつめていました。

十三

税関の検査も、愛想の好い税関吏達の笑いの中に済んで、上陸したぼく達の前には、ただ WELCOME の旗の波と、群集の歓呼の声が充ち満ちていました。市長さんから、大きな金の鍵を頂くまでの市中行進も、夢のような眩惑さに溢れたものでしたが、そのうち、忘れられぬ一つの現実的な風景がありました。

桑港の日当りの好い丘の下に、ぼく達を迎えて熱狂する邦人の一群があり、その中に、一人ぽつねんと、佇んでいる男がいた。潰れた鼻に、歪つな耳、一目でボクサアと判る、その男は、あまりにも、みすぼらしい風体と、うつろな瞳をしていました。

一行中の朴拳闘選手が、この男をみるなり、「金徳一だ!」と叫び、駆けよって手を握っていましたが、その男の表情は、依然、白痴に近いものでした。