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オリンポスのかじつ

オリンポスの果実

田中 英光

「文学界」1940(昭和15)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 75,277 字 · 147 页

青空文庫

と歌いかえてから、沢村さんと顔見合せ、ゲラゲラ笑いだしました。ぼくは、不愉快そのもののような気持で、ベッドに引繰り返ったまま、眼を閉じていると、松山さんは、なおも、手近にあった通俗雑誌を手にとり、ぼくの横にわざと、ごろりと寝て、いかにも精力的らしい体臭をぷんぷんさせながら、雑誌をめくり、適当な恋愛小説をみつけると、その一節を、こんな風に読みかえて、ぼくを嘲弄しようとしました。

「そう言うと、熊本秋子は、坂本の胸に深く顔をうずめた。その白いうなじに、坂本は接吻したい誘惑を烈しく感じたが、二人の純潔のために、それをも差し控えて、右の手を伸ばし、豊穣な彼女の肉体を初めて抱きしめたのである」

ぼくは泣きだしたい気持でした。松山さんはなおも、厭らしく女の声色も使って、「『いやですわ。いやですわ』と秋子は叫びながら、坂本の胸を両手でおしつけた。秋子の薫るような呼吸が感ぜられ、坂本は悩ましいほど幸福な気がした。

『今ではいけないのでしょうか』

『いいえ、日本にお帰りになってから』」

あえて、ぼくは神聖な愛情とは呼びません。しかし、子供めいたお互いの友情を、そんなふうに歪曲して弄ばれることは、我慢できない腹立たしさでした。