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やまびこおとめ

山彦乙女

山本 周五郎

「夕刊朝日新聞」1951(昭和26)年6月18日~9月30日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 126,360 字 · 251 页

青空文庫

二

――幕府の手先というのは、本当だろうか。あの、弓に射られたのは、どんな男たちだろうか、……あの弓。

半之助は息をつくために、大きく突き出た岩のところで、立ち停ったが、そのときふと、築地の丸茂の庭で、白鷺を射とめた、あの弓の名手のことを思いだした。

「――菱屋なにがし、とかいったが……」

彼は額の汗を拭いた。

二

半之助はまた登り始めた。

息はまだ苦しい、もう少し休みたいのだが、下のほうで、(いま彼がまわって来た断崖のほうから)人の来るけはいがしたのである。月はちょうど、正面にあった。登ってゆく山の、稜線に、もう少しで隠れようとしている。あたりはかなり明るいが、逆光線で、突き出ている岩や、ところどころ斑に生えている、草や灌木の茂みが、際立って暗い。彼はその暗いところを伝って、這うように登り続けた。

喉がひどく渇いていた。唾をのもうとすると、舌の奥が貼りつき、抑えるひまもなく、咳がこみあげてきた。ひとつかみほどの、若草に手が触れ、それが露でしとどに、濡れていた。彼はその小さな草の上に、顔をじかにつけて、貪るように、露を吸った。

――菱屋なにがし。

丸茂の庭を見ながら、主馬に聞いた名である。