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やまびこおとめ

山彦乙女

山本 周五郎

「夕刊朝日新聞」1951(昭和26)年6月18日~9月30日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 126,360 字 · 251 页

青空文庫

山鳩

一

――かんば沢。

その名が今、活き活きとよみがえってきた。すると、二十六歳の今日までの月日が、まったく意味のない、空なものに思え、少しも早く脱けだしたいという、激しい欲望にとらえられた。

「こんな生活はもうたくさんだ、これは人間の生活じゃあない」

気のめいるような雨の音を聞きながら、半之助は苛だたしげに呟いた。

「逃げだそう、早く、一日も早く……」

山鳩

一

甲州街道の上野原の駅に、千歳屋伝右衛門という宿屋があった。

九月中旬の或る日、まだ八時ころのことだったが、七日まえから泊っていた村田平四郎が、採集物らしい草や、葉付きの木の枝などを、まわりにとりひろげ、机に向って、しきりにそれを写生していた。

右がわに、絵具を溶いた(宿の食器を利用したらしい)小皿を、八枚ほど置いて、線描が乾くと着彩するのであるが、線はたしかなものだし、色の合わせようも巧みなものであった。

廊下を足音が来て停り、障子の向うで「お客さまで、ございます」と女中の云うのが聞えた。

「新町さまと仰しゃいます」

「ああ、とおして呉れ」

平四郎は、筆の尖を唇で揃えながら答えた。

すぐに青山主馬が入って来た。