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やまびこおとめ

山彦乙女

山本 周五郎

「夕刊朝日新聞」1951(昭和26)年6月18日~9月30日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 126,360 字 · 251 页

青空文庫

顔も知らないし、いましがたの、闇の中へ的確に矢を射込んだぬしが、その男であるかどうかは、わからないが、もしその男であったとしても、半之助には、もう少しも不自然には思えなかった。

――あの女の企図したことは、すべて失敗した、柳沢吉保も、その権勢の座から、逐われた。

――あの女は、ここで、最後のひとあがきを、しようとしている、どんな人間が、いっしょに来ていても、ふしぎではない。

彼はまた、草の露を吸った。

「あだし、あだ浪、よせては、返る浪」

われ知らず、そんな唄が口に出た。あさづまぶねの、あさましや、またあすの日は、誰に契りを、交わして、色を、色を交わして、枕はずかし、いつわりがちなる、わが床の山、よしそれとても世の中。

ひところ、江戸で流行した、俗謡である。

柳沢吉保が、将軍を邸に迎え、宴席におのれの妻娘を侍らせた、というのを諷したものだそうで、その作者である町絵師、英一蝶は、咎めをうけて流罪になった。

「よせては、返す浪……」

またしても、徒労な事をめぐって、ひしめき、争う人の世のさまが、思いうかんだ。

――あの女の狂った眼つき。

もしかして、武田氏の天下が実現したとして、それでいったいどうだというのか。