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やまびこおとめ

山彦乙女

山本 周五郎

「夕刊朝日新聞」1951(昭和26)年6月18日~9月30日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 126,360 字 · 251 页

青空文庫

――江戸の築地の海、いくらやっても一尾も捉まらないし、そのうちに乙女のことを笑う者がいたから、あたしうんとこらしめてやったわ。

――どんなふうにです。

――よもや云えやしませんわ、そんなこと、乙女だって女ですもの。

そしてさも可笑しそうに、含み笑いをした。

いつか蜂蜜が採れたといって、大きな瓶に一杯、香ばしい匂いのする蜜を、下僕に担がせて来て呉れた。山葡萄で醸した酒とか、煎り煮に使う猪の脂肪とか、丸茂で喰べた珍しい品が、つぎつぎと運ばれた。

日々は極めて単純に経っていった。昼のうちは近くの山や、谷や、高原を歩きまわるか、水を汲み、薪を作ることに過した。夜はたいてい早く寝るが、雨の日や、眠れない夜などには、机に向って「かんば沢」を中心とした、これまでの出来ごとを、詳しく書き綴ったり、また、飽きるまで、ものを考えたりした。

江戸にいたときの、やりきれない倦怠や、よりどころのない空虚さや、孤独感などは、もう殆んどおこらなくなった。

これが意義のある生活、生き甲斐のある生活だ、とはいえないにしても、自分が解放され、自由になったこと、ここからなにかが始まる(少なくともそう思える)ということはできた。