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おもいちがいものがたり

思い違い物語

山本 周五郎

「労働文化」労働文化社、1950(昭和25)年9月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,840 字 · 88 页

青空文庫

するわけであった。

山治家においても日々は平安であった。妻女と姉娘とは掛って泰助の世話をし、将来についての微妙な予想を楽しんでいた。なぜかというと、姉妹のどちらかがやがて泰助と結婚することになっていたから、……そして妹は早くも棄権し、泰助が不承知でさえなければ花嫁の席は千賀のものであったから。

「良人にはおちついた温和しい人に限ります、お父さまの無鉄砲と強情には泣かされましたからね、本当に山治へ来てから五六年は、母さんは一日として泣かない日はないくらいでしたよ」

みね女がそう云うと、千賀は涙ぐんでそっと頷く。彼女はそんなときには、すぐ「泣いている母」の姿が眼に見えるので、それがべつのときの母の言葉と矛盾することなどには決して気がつかない、たちどころに同情の涙が出て来るのであった。

「わたくしも典木さまなら、良人として一生お仕えできると思いますわ、……静かな、波風のない、しっとりとおちついた一生、……女の仕合せってそういうものですわねえ」

もしもこんなとき津留がいるとすれば、この妹娘は必ず山羊のような声で「ええへへへへ」と笑う、わざと喉へひっかける妙な笑いかたで、それから姉の口まねを上手にやってみせる。