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にっき

日記

宮本 百合子

21 一九三七年(昭和十二年)

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 23,646 字 · 48 页

青空文庫

四月八日

四円。そしてかえりに二人の連中大きい桜の枝をもって来た。非常に美しい。国府津の桜を思い出した。

宮覚えているであろうか。

春愁頻なり。我胸を去来す。

この日連中朝三時から働きはじめて、夜かえったのは九時なり。ひる十分休んだだけだ。三十六円稼いだ。「お后、三十六円」よろこんで、「ブドー液のましてやれ」この単純さ。宮を悲しませたこの単純さ、今も同じなり。

腰痛甚し。右の方だけギクシャク。身動きも苦し。盲腸のセイだろう。切ること切ること。

〔欄外に〕

ガラス障子出来。大よろこび也。

ゴーリキイ「伊太利物語」をよむ。

イタリーの多彩なところと、素朴な民衆の気力とがよくとらえられている。

民衆の感情をこの時代のゴーリキイは好意的に好意的に見ようとしている。そして或甘さに陥りつつ。

四月八日(木曜)雨

海辺から折られて来たその桜の小枝は特別な美しさに見えた。大ぶりな花弁の新鮮な重りを眺めているうちにその花びらの軟くさやかな裡に顔をうずめてしまいたいような心持になって来た。その心持を胸の中につよく感じつつ、じっと瞳をこらすようにしていると、その眼を瞑って、何も彼も忘れてしまうような感覚に浸りこみたい渇望の彼方に、激しい官覚の欲求のあるのを感じる。