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きゅうこんさんじゅうし
求婚三銃士
佐々木 邦
「講談倶樂部」大日本雄辯會講談社、1934(昭和9)年10月~1935(昭和10)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,326 字 · 330 页
安達君の薄曇った心持は、エレベーターの前で急に晴れ渡った。下りようと思っていたら、上って来たエレベーターの中から橋本さんの佳子さんとその弟の弼君が現われたのである。
「やあ、安達さんだ」
と弼君が挙手の礼をした。それよりも嬉しかったのは佳子さんの方が先に認めて屑くお辞儀をしてくれたことだった。人の心持は咄嗟に顔を合せて取繕う暇のない時によく分る。エレベーターが好い役をしてくれたのである。尤も安達君は然うまで深く考える余裕がなかった。唯満足に感じた。
「お一人?」
と佳子さんは周囲を見廻した。
「はあ。お買物ですか?」
「弼にねだられまして」
「僕はもう帰るんです」
「それでは」
「安達さん、来ました」
と弼君は親切の積りで下りのエレベーターを指さした。丁度着いたところだったから否応ない。
「さよなら」
と一礼して、安達君は乗りこんでしまった。もっと話せたのに馬鹿なことをしたと思った。訊かれもしないのに、もう帰りますなんて宣言する必要はなかったと気がついた。弼君は中学生だから弁えがない。便宜を計ってくれた積りだ。可笑しくなってしまう。もう一遍五階まで上って、ブラついて見ようか? いや、もう帰りますと言っている。