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りょうきのはて
猟奇の果
江戸川 乱歩
前篇 猟奇の果、後篇 白蝙蝠「文藝倶楽部」博文館、1930(昭和5)年1月~12月<br>「猟奇の果」もうひとつの結末「猟奇の果」日正書房、1946(昭和21)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 134,971 字 · 270 页
品川四郎熊娘の見世物に見とれること
だが、この様な趣向には限りがある。青木愛之助が、如何に刺戟に餓えていたからとて、又彼がどれ程の賞金を懸けたとて、金ずくで自由になる事柄ではないのだ。
遂に猟奇倶楽部も、趣向が尽きると共に、一人抜け二人抜け、いつ解散したともなく、解散してしまった。そして、そのあとには、前よりも一層耐え難い退屈丈けが取残された。
作者が思うのに、これは当然のことなのだ。猟奇者が猟奇者である間は、永久に彼の猟奇心を満足させることは出来ないのだ。彼はあくまでも第三者であり傍観者だからである。犯罪談をしたり聞いたりしているのでは、真底からの恐怖や戦慄が味えるものではない。若しそれを味いたかったなら、彼自から犯罪当事者となる外はないのだ。極端な例で云えば、人に殺されるか、人を殺すかするより外はないのだ。
それが猟奇の果である。だが、如何な猟奇の徒と雖も、(我が青木愛之助と雖も)どれ程刺戟に餓えたからと云って、まさか自から進んで本当の犯罪者に身を落し「猟奇の果」を極わめる程の勇気はないのである。
品川四郎熊娘の見世物に見とれること
青木愛之助は東京に別宅を持っていて、月に一度位ずつ、交友や芝居や競馬の為に出京して、一週間なり十日なり滞在して行く例であった。